君の名は観ました

昨晩、君の名は観ました。

男女のカラダが入れ替わるという、よくある設定なんだけど、時空間のねじれによる行き違いとかもあったり、夢から覚めたように元のカラダに戻るので、お互いの名前もその瞬間に忘れてしまったり、なんとも幻想的な不思議なお話でした。

この映画が大ヒットしたということは、多くの人が、こういうことってある、自分もきっといつか経験したことがある、って、どこかで感じているような気がする。

私も思った。

夢を見ている時に、これはいつか見た夢の続きだなあ、って思っていることがある。目が覚めるとその瞬間からどんどん忘れてしまって、何の夢だったかもわからない。

なのに何年も経ってその夢の中に入り込むと、そこでまた、あの時の続きだ、と、思っている自分がいる。その自分が誰だったかも思い出せないけど、夢の中でしか分からない世界を生きているということは、別の人になっているってことかもしれない。

きっと、あるんだよこういうことって

裏世界とかパラレルワールドも、きっとホントにあるんだと思う。

この世界には、大きな大きな秘密が隠されているんだ。時間も空間も、常識的にとらえられている形とは大きく異なっているのに違いない。

時間はいつから始まったか、空間の果てはどこなのか、誰も答えられないっていうのがその証拠だ。

それ考えるといつも、顔が冷たくなって冷や汗がたらーっと流れるような気分になる。

時間というのは、戻ることが出来ない、今が一番先頭にいる一本道ではないと思います。

私にとっては夫が亡くなったことはとても大きな出来事で、今も思いを馳せることがあります。

夫と早くに分かたれてしまうことなんて私は全く思っていなかったのに、気持ちの部分では、知っていたとしか思えないことがいろいろあります。

母子家庭、という言葉にハッと反応することがあったり

仲睦まじい老夫婦を見て、何故か涙が止まらなくなったり

自分たちには老夫婦の時代はやって来ないこと、気持ちの部分では知っていたとしか思えないです。

それと、夫が倒れる前の一年間は、夫のことがいとしくてたまらなかった時期でした。

それ以前もけして不仲ではありませんでしたが、息子が生まれてからは、私の関心は夫よりも息子でした。

なのにあの一年間だけは、自分の役目は夫に愛情を伝えることだけ、と思い込んでいたかのようでした。

人間の要素の中で、知性の部分だけが目が曇っていて、気持ちやカラダはもっと多くのことを知っているんじゃないかな。

気持ちが未来を先取りするということは、今の時点よりも先の未来の形がすでにあるからだと思います。

なんか背筋がぞーっとするよ〜

写真はPAKUTASO素材屋さんからお借りしました。

にほんブログ村

広告を非表示にする